IKEAのデスクを買いました。

いやはや。雑感というか哀しい記録。
まず以前に使っていたあまりにも立派なデスクは、両親との思い出が詰まっていたので、はなから「捨てる」「手放す」という選択肢が浮かばなかった。

三人兄弟の末っ子となると、お下がり多くてスネてしまいそうな幼少を想像されそうですが、実はわりと逆。

小学校一年でピカピカの机を買ってもらえない代わりに、小六とか中一くらいの、まともな自分の価値観が芽生えた頃に、親と一緒に行って自分も選んで新品を買ってもらえたりする。

自分の場合はこれがあまりにも顕著で、子どもが欲しがる「自室」がなかなか与えられず、兄たちが一人一部屋あるのに、両親の部屋に長く居続けた。
でもこれ、先になってみると良かった。何しろ同居年数ならぬ同室年数が長かった未子なので、親との親密度が他の兄弟とは決定的に違う。

挙句、ようやく与えられた自室は、玄関が別のアパートの一室。
小学6年頃に、最後に貸してた部屋が入居者の思わぬ晩婚で空き、ジイちゃんは一口コンロのガス器具をくれるわ、バイトすれば冷蔵庫も買えたわ、昔の風呂なしアパートで、家の2Fにくっついてて、別の階段から出入りするだけの治安の不安なしな部屋で、自由気ままなやりたい放題。

高校の親友は料理上手だったので、鍋ごとすき焼きの材料持ってきて作ってくれたり。
「億ちゃん、あとは電子レンジだけねっ!」
「いや・・・買わないよ。何を言ってる」
と会話してた青春も昨日のことのように憶えてるけど、話は壮大にずれている。

お下がりに泣くどころか、一足飛びが凄かった喩えの一つでした。
勉強机を買った時代はライティング・デスクというものが流行っていて、本棚というか、ガラス戸付きの棚が背高くある中に、開けば机として使える板が卓面になり、椅子もコンパクトに棚の脚部分にしまえるような、日本の狭い住宅事情に即したような家具でした。

今、画像検索するとわりと重厚でおしゃれなものがヒットしたが、あの頃わたくしが買ってもらう気でいたのは、もっと安っぽいカラーボックスの親分か本棚の亜流くらいな代物。

それが晴海のでかい家具屋に行ったら、両親は目の玉の飛び出るような、誰が座るんですかそんな社長椅子・・・あなたたち正気なの?小学生に本気でそれを買うの?というものに決定した。

さすがに、正気かあんたらという語彙はまだなかったが、本気で? いいの? を散々繰り返し売り場でグルグル机の周りを回って、分不相応感と、父母の酔狂というこの恩恵を逃すのはアホだろうか、これは買ってもらうべきだろうか、とのたうち回ったのは憶えている。

次兄も、未子にお下がりを回した時点で新品机を買ってもらっていて、今でも使っているが、近所の家具屋で好きなのを選んだ、さして高級品には見えない月並みな机だったので、晴海での出来事は私の度肝を抜いたのだ。

44000円か、48000円だったと言ってしまえば、目の玉は飛び出ないんだけど、当時の価値でまず大きさが140cm幅。家庭訪問に来た担任が部屋を見て、立派な机だなぁ、いい机だなぁ、しか言って帰らなかった曰く付き。

思えばわたくしの家具好きは、あれが原点だったのか。
良い家具を持って使うと満足感がある、味を占めたのだろう。

でも売りに出す予定の家からたくさんの荷物を引き上げるのに、とうとう捨てる、と決断し、うん、そういえば趣味に合ってると買ったマガジンラック付きのシンプル机があるから、あれを使うよ!
父母に買っていただいた机を捨てるなんて、構わないだろうか父さん、などと殊勝な態度で話すと、当の父はあれはデカすぎるよな、とか軽い。

そうして後日、引っ越し前の最後の仕上げにと家族で久しぶりに行ってみると、仕事部屋にあった12万くらいのアメリカ家具の本棚がない。
購入した後もしばらく樹液が出てくるような、枠だけで背板もないのに12万はした本棚。何かがおかしい。

その後、使うよ!とはりきっていたシンプルなブラウンの机を探すも、どこにもない。

犯人はマイファーザー。ノコギリを持たせたら何でも切って捨ててしまうマイファーザー。
コロナ禍に入る前にとっくにその災いは起きていたらしい。

自分が仕事で行けない間に、粗大ゴミで捨てるのも困難なドデカイ猫ケージを切って捨ててくれたのはありがたかったのだが、「興に乗って」しまったんだな・・・どんどん切り捨てていったのだな、と茫然自失のあとに理解した。

家具というのは不思議なもので、12万のお高い本棚より、失ってしまうと2万もしなかった実用的で、でもなかなかない趣味のいいテーブルが、ボロっボロっと涙腺を崩壊させた。

というか、我慢はしていたけど、やはり古い鏡台の机で代用している生活は不可視なフラストレーションだったのだろう。
好きな机をまた使える。もうすぐ。と思った矢先のショックに打ち拉がれてしまった上に、やらかした父も逆ギレで気まずい。


ここ数年、病を得たせいで仮住まいをしていてとことん思ったのは・・・
疲れを本当に癒やすのはホテルの部屋に泊まることだと思ってきた自分。
「私」の物がまったくない部屋で、私自身を忘れて眠る、過ごすのが、何よりも息抜きになる。そう思って生きてきたけど、いつかは自分の「私だけの部屋」に戻ることが前提の旅行や外泊と、他人のまったく趣味の合わない家具に囲まれて過ごすことは、まるで違った。

私室だった3Fの部屋へ行くのは階段がきついので、元は両親の部屋だった2Fの部屋、ベランダも付いている日当たりの良い部屋をもらって、トイレも洗面所も近くて便利だけど、最後は母だけの部屋だった室内のファンシーな物とか、スライド式の大きな本棚とかピアノだとか、とにかく何処か気持ちが落ち着かなかった。

言い分が親不孝臭の芬芬たるものなので、口に出来ないが、きつかった。体が元気になってからは。
身一つで実家に来て、仕事が再開できるようになるとコンピューターを持ち帰って深呼吸ができ、少しずつ小さな荷物を運び込んできたけれど、まだどこか仮住まい。

風呂も台所も全部丸ごと自分の実家でくつろいでいるのに、私室だけが浮いてたんですね。贅沢な話ですが。

だってまぁ・・・わたくし春信と湖竜斎のきわどすぎる春画を飾って生前の母に怒られてましたが、母はマリー・ローランサンなんだもの・・・ムリだろう。
そういうとこだぞ、独身主義者でけっこう。みたいな自我肥大だぜ、は自覚するが、今度こそ自分の家具が戻ってくると「私が帰ってくる」ような期待に胸膨らませた矢先。

もうね、お茶を濁すというか、心機一転・窓を開けて空気を入れ替えましょう!みたいな意味ですぐ机を買うしかない。となった。
引っ越しで荷物が溢れるんだから、慌てて買うこたぁないはずながら、捨てるものはとっとと処分し、待っても届かなくなった失せ物、ノコギリびき(鋸挽き、ひき肉の挽きなのね、怖いわぁ)に遭ったテーブル机のことは、なかったことにすり替えないと、と。


これからターコイズブルーの机に愛着を抱いていくのか、まだ未知だけど、とりあえず机を組み立てて設置するのを眺めて椅子にもかけてみた父が、翌日「僕、IKEA気に入った」と言ったので、一件落着。

仲直りには大福買うような話だな。

知らぬ間に捨てられて呆然としたものは他にもたくさんあったのだけど、ほとんどは金を出せば買い直せるものばかりだし、病身で世話になった恩の方が大きい上に、家族は、特に親は、金や物より数倍大事。
憎むべきは「私自身より」大事と言い切れない我欲だろう。

父の「僕ぁIKEA気に入った」は、そういえば新宿のアクタスで突然ソファ買ってきたりした彼なのでまんざらお世辞ではないのだろう。
悪かったな、と謝られ、うん、もういい、大丈夫、机買うよ。の顛末。

届いたのは10月31日で、祖父と母の誕生日だった11月1日はとにかく皆で機嫌よく過ごしたかったので、豚のすき焼きを作って食卓を囲んだ。

ちなみに高校時代の親友はまだ中野在住だが、行き来はしていなくて、電話をかけてきて「億、もしかしてiPhoneとか?ならビデオ通話できるじゃーん」と勝手にFaceTimeに切り替えられてディスプレイ越しの再会を果たした。
よくわからないが娘に見せたかったとか、娘にいつも億ちゃん話を聞かせてるから酔っ払って間違い電話をしたみたい。という履歴に折り返すことになったり、あいかわらずだ。

お互いにそこそこ幸せになったよなぁと思える将来が来て良かった。