ローカルAIとか予定になかったが、宝の持ち腐れにならんようApple IntelligenceとSiri AIくらいは便利に使わせてもらおう。
ノーコードとかも縁なさげできたけど、CSS Gridでタブ切り替えしたいーとか訊くだけでコードをくれるGoogle AIの回答は快適だ。何しろ無駄な広告を見ないで無駄のないJavaScriptまで揃えてくれる。
ページを分けたのは、ここから趣がまったく違う話になるからで
最近、World wide Webやその創造主ティム・バーナーズ・リーについて思い馳せることがあって。単純にいえば、ドラマによく出てくる悪役セリフの「世の中には2種類の人間がいる」パターンで、私にとっては「インターネットをインターネットとしか呼ばない人間と、ネットとしか呼ばない人間がいる」んだが、後者が圧倒的大多数になるほどインターネットは酷いものに成り下がり続けてきて、なんというか芥川龍之介の「何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という表現は、ドンピシャを衝いてくるな!と思ったりする。
不眠どころでなくよく眠り、よく食べ、金銭的な不安もなければ、SNSとも健全な距離がとれている、それでもAIディストピアの話は理解でき、龍之介の(将来に対する唯ぼんやりした不安)のフレーズしか浮かばない、中で、だが回帰していくものもあって。
1990年代後半に職業訓練校で家電は苦手だと言ったら、机の上を指さされて、誰よりパーソナルコンピュータと親和性の高いあんたが何をいう、という風にクラスの仲間に笑われた。え、だってこいつは言葉が通じるじゃん、話のわかる唯一の友達なんだが。「あ、これも家電なのか、そうか」
たぶん厳密な意味でいくと私は家電に搭載されたマイコンや、昔は主流だったオフコンのようなものが苦手で、取扱説明書を読んで相手を知らないとろくに先へ進めない、相手のルールに乗らなきゃならない閉塞は苦手だが、パーソナルコンピュータはどこまでも潜って息が続く、対話も続く、おもしろくて離れ難い友達だった、頃に戻りつつある回帰。
AI盲信みたいな広告や安っぽい売り込みには眉唾しか感じないが、(なんだか一定周期で湧く虫のようなもの)
コードをくれるGoogle AIの回答は、「便利」ではなく心地良い。
アクセス数を稼ぎ広告料に結びつけるために書かれた懇切丁寧なブログよりも、ずっと。人肌に近いくらいの快さ。
仕事じゃなくてもNetflixで「100年の孤独」を観ながら、あれ、これってそういうことじゃ・・・と気づいたままにググるとAIがその通りだよと返事をくれる。これも打てば響く愉快さだった。
理由のひとつに、大家族の末っ子で、誰かに聞けば教えてくれる、すぐ答えてくれるから学ぶ必要もなかった子供の頃に、状況が近いからもあるだろう。それぞれ別傾向に趣味嗜好をもつオタク気質の大人が周囲に6-7人もいると、首をまわすだけで知識が降ってくるのだ。
新しいマシンを購入予約した話から、漠とした方向へ進んだが。
前回記事で机を購入したときに引き出し整理をして、旧い名刺の束をいくつか処分しながら、たまたま林信行氏にいただいた名刺が目に入った。
そして名刺にある傘のイラストに惹かれて久しぶりにブログを拝見しにいき、何度も読み返したくなる記事にあたった。
WWDC 26で発表されるアップルAI戦略が、なぜ人類にとって重要なのか
言葉にしたい、したいが出来ない想いが綴られていて、私の中の靄とした35歳の龍之介が救われたようだった。
読んだときに「パーソナルAI」のいる未来像を自分に結びつけて思い描けたわけでもなかったのに、たまたまローカルAIに強いマシンを購入してあれこれ書いているうちに、北極星を見つけた気がする。
たぶん稼ぐためや、便利さのためだけには使わない。
しかし偶然机を買ったときに1枚の名刺からたまたま欲していた記事にあたり、そして欲しがっていたマシンはその目的ではなかったのに「向いている」性能なのだ。
アップル製品が自分と共に成長する自分専用アシスタントAIになってくれるとしたら、それは理想なのではないか。
あいかわらずこういう「運」なのだと思う。
方向音痴で情報収集もしないが、見るべきものには突き当たる、運。
9月10日のイベントが楽しみになってきた。